対人恐怖症について克服途中の自分ですが、最近カウンセリングと独学ですがNLPに勉強していることで、かなり克服してきている気がします。(以前に比べるとですが。)
それでもやっぱり人前というのは緊張しますし、相手が自分のことをどう思っているのかということがいまだに気になってなりません。別に相手の考えてることなんてそこまで気にしなくてもいいのも、頭ではわかっているのですが、自然と人の目が気になってしまうんですよね。
相手と喋っている時にも、自分の考えていることが全て見透かされるような気がして、目を見て話すこともいまだに苦手です。人の話を聞くときは、ちゃんと目を見て聞くと親や先生から言われていることなのに、できないなんて情けないですが。目は口ほどにものをいうというのは本当にそうなんですよね。
信じていた友達からの裏切りなどがわかってから、こういった対人恐怖症の症状がどんどんひどくなっていったのだと思うのですが、プラス思考になるように頑張って、それでも徐々に克服してきている自分はすごいなと思います。
どんな人でも“思考は現実になる”と言うことがわかっているかと思いますが、成功している人は全て自分に自信があるからだと思います。どんな実業家も行動力があり、思考力があります。自分もそこまでとは行かなくても、普通にポジティブな人間になりたいなと思います。
ネガティブな考えのときって、知らず知らずに抜け出せなくなるくらい、どんどん悪い考えに言ってしまうんですよね。そうならない為にも、常にポジティブな思考になりたいと思います。
対人恐怖症の自分ですが、NLPのカウンセリングを受けてみました。
このまま以前と変わらないままで来年を迎えるのが嫌で、今年のうちに何とか動かなくちゃ!と思ったからです。
でも、そんな自分ですが、NLPのカウンセリングに行ってビックリしました。ネガティブな自分が少しですがポジティブ思考になれるんです。それでも普通にポジティブな思考な人には到底及ばないかと思うのですが、対人恐怖症の自分にしては結構な変化だと思います。
対人恐怖症となってしまった原因が自分が元ではないにしても、そうなってしまった自分自身が情けなくてより一層ネガティブになってしまっていたんだと思います。でもカウンセリングにいって気がついた(気付かされた)のですが、自分自身に自信がもてないと何も始まらないということです。
本人が「自分なら大丈夫!」と思っていなくて、誰が対人恐怖症から救ってくれるでしょうか。結局自分が変わらないと何にも変化が起きないんですよね。そう思わせるキッカケをつくってくれたのはNLPカウンセリングですが、本当に受けてよかったなと思います。たった1回でそう思えるのですから、数回通ううちにあっという間に対人恐怖症だということすら忘れてしまっているんじゃないかと思います。
もう今年最後の月で、しかもクリスマスになってしまいましたが、来年になる前に1回でもNLPうけておいてよかったなと思います!!来年はいい年になりそうです。
対人恐怖症になってから人生が恐ろしくつまらないです。でも、早くこんな地獄から抜け出したいって気持ちも最近特に強くなってきて、本気でNLPに携わってみようかなと思い始めたんですよね。
とはいってもNLPのセミナーとかに行くと、大勢な人と会わなくちゃいけないだろうし対人恐怖症の私としては辛い・・・。でもNLPのカウンセリングなら1対1でカウンセラーに喋ることができるからいいなと思ってます。
対人恐怖症になってしまったキッカケであるトラウマが脳にプログラムされてしまったことで今みたいな生活を送らなくちゃいけないのなら、その脳のプログラムをカウンセラーによって書き換えてもらって、対人恐怖症を克服したいなって思います。どのくらいかかってもいいから、とにかく今のように働けもしない状況から抜け出したい。人と会うことが恐くならないようにしたい。私の人生今からでもやり直せるようにしっかりとNLPの力に頼りたいなと思います!
そして対人恐怖症になってしまう原因は自分にもあるようですね。自分で辛いことがある度に『この人は苦手』から『人と付き合うのが苦手』となり、『人が苦手』というように自分で自分に言い聞かせてきてしまっていたんですよね。
今はまだ人が恐いっていう気持ちが抜けそうにないけど、NLPのカウンセリングの力も借りて、ネガティブな思考から抜け出して、これからはなるべくポジティブな考えで自分の脳にしっかりと言い聞かせてプログラムしていきたいと思います。
対人恐怖症について過去の話とか書いてきましたが、対人恐怖症とは『強迫神経症(強迫神経質症?)』に属するものらしく、外国人に比べると、日本人がこの対人恐怖症になる確率が高いと言われている心の病気なんだそうです。
『対人恐怖』は、別名あがり症とも言われているそうですが、何故日本人に多く見受けられる心の病気かというと、その起源?は、日本人が農耕民族だったことからきているようです。
機会のなかった昔、田畑を耕し、農作物を作ることは、一人だけでできるものではなく、複数人が協力し合っていかないと、収穫は期待できなかったのです。
古くから、「村八分」という言葉があるように、日本人は、集団の中で、孤立することは実質上生活できない「社会的な死」を表現するほどもの。
だからこそ、日本人は他人から自分がどのように見られているのか、嫌われていたらどうしようかという恐怖心を持ちやすく、対人恐怖症になりやすいのかもしれませんね。
また、対人恐怖症だけではなく、最近では『社会不安障害』などと言われている心の病気もあるのだそうです。これもジャンルで言えば実質的には『対人恐怖』のことであり、対人恐怖症と同じだそうなので、特に近年発見されたという目新しい症状ではないそうです。
私は今でも対人恐怖症の治療薬を飲んだりしているのですが、結局気休めのようなもので、薬を飲んだから治るというような病気ではないんですよね。雑誌とか新聞で“社会不安障害治療薬などで治療しよう”的なことを勧めている広告なんかが載っていますが、こういうのって対人恐怖の症状の一時だけの押さえに過ぎないんですよね。私も長年の対人恐怖症なので、いろいろと試してみましたからよくわかります。
対人恐怖症の根本的な原因に対する対策が何かがわからないと、完治なんて難しいんじゃないかって思うんですよね。NLPについて母から勧められて、仕事もせずにどうせ暇なので一生懸命調べてみていると、NLPとは最新心理学ということで、トラウマなどの改善にも役立っているのだそうです!完治させるためにもやってみる価値はあるかも?と思い始めています。
対人恐怖症について色々と書いてきてますが、今は仕事をしていない私でも、前まではもちろんしていましたよ。ただ、続かなかった理由はやっぱり『周りの目が怖い』ということ。1回でも何かで失敗したり、上司の機嫌を損ねるようなことがあれば、もうそこにはいられなくなるくらいに辛く感じてきて、すぐに辞めてしまうのです。
親は『メンタルトレーニングでも受けてみる?』と言ってくれましたが、興味はあるものの、もうそんな気力もないんですよね。それでももしうまくいかなかったら・・・って思うとすごく辛いんですよ。完全にダメ人間になった気がしそうで。いじめられてしまう原因は、コミュニケーション学が足りないからなのかも?とも思い、高校の時に少しだけそっちの方面のカウンセリングなんかを受けたことがありましたが、あまり効果もなく。対人恐怖症という言葉があまり知られていない時代だったのもあるのか、全然まわりにも辛さを理解されずにずっと苦しんできて。
対人恐怖症がもし今ほどに知られていたとすれば、まだ当時の辛さも半減されていたのかなという気がします。今思えば当時から対人恐怖症になっていたのかもしれません。でも『極度の人見知りだろう』くらいにしか思っていなかったんですよね。
対人恐怖症というのは、鬱につながるような心の病なんだそうです。そしてこの対人恐怖症の人が起こる症状というのは、少しだけ価値観を変えることでも治るのだそうです。ただ、私が頑張っているつもりでも結果的に治っていないので、やっぱり私はこの対人恐怖症を治すのが無理なのかもしれませんね。
対人恐怖症って言うのは『自分の居場所が無い』というのがすごく辛いことだと思います。
私が対人恐怖症だって判明したのはわりと最近で2年前ほどから。対人恐怖症ってことに気づいてなかったんですよね。というのは、病気だと思っていなかったのですから。
対人恐怖症になってしまった原因にもなっているであろう小学生の時に幾度となく受けたいじめとか裏切り。中学校に入っても相変わらずの私。Aちゃんとは違う中学だし、やっと新しい友達でもできるかなって思っていたのに、同じ小学校出身の私をいじめている子達はやっぱり根回ししていました。他の小学校から来ている子達も、理由とか事情も知らないのに面白そうとでも思っているのか一緒になって私をからかっていて。
それでも部活は楽しいから頑張って学校には行っていたんですけど、部活での仲間と会うのが唯一の楽しみで。対人恐怖症になっていったキッカケはここからかもしれません。あるとき1年生の私はレギュラーに選ばれました。それが気に食わなかったのか、仲間だと思っていた子達が先輩に、私が先輩達の文句を言っていると、ありもしないデタラメを流されました。
しかもその言葉だけで先輩も信じきって、私をいじめるように。そしてそういったことがなぜか先生の耳に入り、私はかばわれるどころか、『先輩達の文句を言う1年生なんて聞いたことがない。問題を起こして部の雰囲気を乱すようならレギュラーを外す』と言われて・・・。せっかく初の試合に出られる!と張り切っていて親にも仕事の休みを取ってもらって見に来てもらう約束だったのに。私はありえないくらい泣きました。
そしてもう人なんて信じれない。こんなトラブルを引き起こす自分も嫌だと思うように。対人恐怖症の第一歩です。
ひょっとしたら対人恐怖症になりかけていたのは子の時からかもしれません。同じく小学生で、Aちゃんからいじめを受けていた後に、学年が上がって違うクラスに分かれる事ができ、新しい友達もできて普通の生活を取り戻していったのです。
でも、そこでまたAちゃんが『あの子いじめられてた子だから遊ばない方がいいよ』と周りに言いまわっていたそうです。大人であれば『いじめられていたから何なの?』と対処できるかもしれませんが、小学生は『みんなから嫌われていたんなら私も嫌だ』と言いきってしまうような恐ろしい世界なんですよね。それもそのはず、リーダーから嫌われてしまえば次は自分がターゲットにされるんですから。
そして知らない間にみんな離れていきました。仲良くなったはずの子に今まであげていた手紙とかシールとか全て『〇〇菌がついているから』と目の前で捨てられていました。その時点でもう学校に行きたくないという気持ちが芽生えてきていたと思います。
それでも学校に休まずに頑張っていきました。幸いなことに女子からいじめられていても、男子からはいじめられていなかったからです。普通に遊んでくれましたし、下の学年のところに行って友達の妹とか弟とかと遊んであげていたりして気は紛れました。あとは授業だけなので苦しむことも少なくなりました。
話は今に戻りますが、私は対人恐怖症の為に今は仕事もしていません。・・・というかできません。面接の電話をかけても結局行くのが怖くて・・・。もしこの対人恐怖症のままの状態で一生が終わってしまうのではないか思うとすごく怖いです。
対人恐怖症の原因となったのは何かのキッカケがあったという自覚はありません。昔から裏切られてきたことが多いので、その積み重ねだと思っています。幸い私は親からの裏切りとかはなかったのですが、友達からの裏切りが酷く、最初に裏切られたと記憶に鮮明なのは小学生。
女なのでやっぱりグループってあるじゃないですか。そんなグループの中でも特に仲の良かったAちゃん。その子と『親友』だと思っていましたし、本人からもそう言われていました。ですが陰でありえないくらいの文句を言われていたんです。全然知らずに私は普通に接していたのですが、ある日違う友達から聞き、そしてグループのリーダー的存在のAちゃんは私を仲間外れにしようといいだした張本人だったのです。
それを知った時はもう2月。あと少し我慢すればクラスも変わるしいいやってそんなに重く受け止めませんでした。この時点ではまだ大丈夫だったと思います。
でも、対人恐怖症ってこんな子供のことの些細な出来事のトラウマによって起きてしまうものなんですよね。1回ならまだしも何回も何回も裏切りを経験してきた私は、結果対人恐怖症になってしまい・・・。無駄に緊張してしまって肩がこるし、人と話していると表情が引きつるのがわかるし、人の目が見れないし。私は『他人が怖い』のではなくて、『人から自分がどう見られてるか』に不安を感じ、怖くなってしまうんですよ。もう声が上ずったりするのは当たり前。そんな自分をどう思われているのかもまた怖い。