対人恐怖症の自分が少しずつ克服されてきていることが自分でもわかるようになってきている最近です。
前回の続きになりますが、私は対人恐怖症なのがいいことに、自分で自分を甘やかしているような気がしています。対人恐怖症に真剣に悩んでいる当初は、自分じゃなく他人が悪いんだ、そんなことばかり考えながら生活を送っていて。
確かに対人恐怖症になってしまったキッカケは誰にでも何かしらの理由があるのかもしれませんが、自分の対人恐怖症の症状にここまで拍車をかけているのは誰でもなく自分自身なんですよね。
勝手に人に対して壁を作って関係を持つことを遮断してしまっている自分自身に気がついていないのです。これは冷静になれている今だからこそようやく理解できていることなんですけどね。
対人恐怖症というのは難しい病気で、何かトラウマがあるからそうなるわけですが、そのトラウマに対する対策を行っていかないことには完全に消すことなんて不可能。
嫌な部分だけの記憶を消せるならそれが1番いいのですが、そんなに都合のいい機能は人間に備わっていないので、その辛い記憶をしっかりと受け入れて、次に生かせることが対人恐怖症の克服には必要なことだと思います。
あ、でも先ほど「そんなに都合のいい機能は人間に備わっていない」といっていますが、記憶喪失になってしまっている場合、辛い現実の部分だけを忘れてしまうというケースは稀にあるそうです。
例えば自分自身の記憶はなんとなくあるものの、その対人恐怖症になってしまうキッカケの辛い当時の記憶の部分はあまりに衝撃的な為、脳が勝手に忘れてしまうという場合もあるのだそう。
まともな精神状態を保つ為に、自身を守る「自己防衛本能」なのかなと思います。
無くしてしまっている記憶を取り戻すことがいいことなのかどうかはわかりませんが、辛い出来事が記憶に深く残っているせいで対人恐怖症となり、その辛い状態で過ごしていくことも結構大変なことなんですよね・・・。
対人恐怖症であった自分は(今も軽い対人恐怖症かも?)、カウンセリングなどで少しずつ克服できているわけですが、世の中には対人恐怖症で悩んでいる人も沢山いるかと思います。
対人恐怖症について紹介してきましたが、最近ではNLPカウンセリングというものもありますし、人とのコミュニケーションが上手くとれない、ビジネスにも生かせるコミュニケーションスキルを・・・という方の為にコミュニケーションセミナーというものもあったりするので、その人に応じて使い分けることができるものが沢山あります。
対人恐怖症であった自分だからこそ、こういったところでの体験から思うことを紹介していけたらいいなと思います。
まず対人恐怖症の一般的な症状と言えば、人前で緊張したり、周りの人(全くの他人でも)の視線が非常に気になる、人の目が見れない、声が上ずってしまうなどなど色々とあります。
自分の場合は、人前で緊張してしまうのは当然のことでしたし(それは今でもまだありますけど。)、緊張からなのか、大量の汗が噴きだしてしまったり、人の目を意識しすぎなのか、変に自分じゃない自分を演じてしまう傾向にありました。
キャラを作っている人は結構いますが、それは相手に自分をよく見せる為に、キャラを作っている場合が多いですよね。
でも自分の場合は、相手から何か言われて傷つくのが恐くて、最初から自分を嫌な奴に見せて相手を近づけさせないように壁をつくってしまうのです。
これに対して自分はどうして行ったのか、長くなってしまったのでまた次回にでも続きを書いていきますね。
対人恐怖症というのは、その症状はあげればキリが無いくらいに沢山の症状があります。
実際に私は、普段の何気ない悩みなどでもなかなか寝付けなくなってしまって身体的にもキツイ毎日を過ごしていました。人によっては全く眠れなくなったという意見もあるくらい深刻な症状だと思います。
1日中無意味なことを考えていたりして、自分で精神的にどんどん追い込んでいた気がします。自分と人を比較しても仕方ないのに、「あの人はこうなのに自分は何でこうなんだ・・・」とかどうにもならない無駄なことばかり考えていました。
他にも人からどう思われるかが気になって、その症状を必死に隠していた時もありましたし、こういった自分の思考によって自分自身が振り回されて気がつけば何週間も何ヵ月も経ってしまっている、なんてことが当たり前でした。今あの時期を思いだしても暗い思い出にしか思えません。
昔はやる気があって何をしていても満足できて楽しかったのに、実際に今は、全てにおいてやる気がおきないし、自分を追い込むことを辞めることもできない、頭ではこのままではいけないと思いつつも、その抜け出し方が分からない、という気持ちでものすごく辛かった時期でした。
対人恐怖症は甘えからくるという人もいますが、そういった常に何かしらの不満や不安に襲われている人を、周りがいたわってあげることが必要だと私は思います。甘えてるから甘やかすな、という考え方では、いつまでたっても良くなりません。
周りにとっては何でもないことでも、本人にとってはこの先のことを考えるのが不安で怖い、このままの状態で一生が終わってしまったらいやだ、どうしようという感情がものすごい自分に降りかかってくるのです。
自分で自分を責めているのに、更に周りの人も責めていては、その人にとっての居場所がどんどんなくなっていってしまいます。どんな人でも自分の居場所がないというのはものすごく辛いことですよね。この対人恐怖症は本当に厄介な病気なので、まずは周りが病気の症状を理解していくことが大事なんです。対人恐怖症の人とうまくコミュニケーションをとっていくことで、解決できることもあるかも知れません。
対人恐怖症について色々と紹介してきましたが、自分自身が実際にNLPのカウンセリングを受けてみて、かなりの変化があることに驚きです。まず人と会っても緊張しないこと。以前の自分がなぜあこまで人に会うだけで緊張していたのか謎に思えるくらいに、至って普通の人のようになっている自分に驚きです。
プラス思考とマイナス思考というのは実際の行動にすごく影響があり、いかにプラス思考になることがすごいことなのか分かりました。逆にマイナス思考で生きている人(以前の自分みたいな)の場合は、全てがマイナスに働いてしまうんですよね。
何に関してもそうなのですが、例えば綱渡りの人がいますよね。綱渡りの人がなぜ完璧に渡ることができるのかというと、プラス思考でダメな時のことは考えないのだそうです。例えば床に置いておいた綱の上なら踏み外さずにいれますが、それが地上から離れたところにある綱の上だと渡れる気がしませんよね。床から離れるほど恐くて「絶対にできない!」と思ってしまうものです。
ですがその時の精神状態が、すごく落ち着いていると案外できるものなんだそうです。もちろん綱渡りなんて訓練していないと難しいことですけどね・・・。(笑)でも小学校の時の鉄棒や縄跳びだって「次こそ成功する!」と前向きになっている時はあっさりやってのけれたリしますよね。
コレも対人関係で考えると同じことなのだそうですが、プラス思考の人は相手の人と喋るときの失敗なんて考えないのだそうです。例えば野球のピッチャーでもそうですが、ある回から急に調子が悪くなってストライクが入らなくなり、「次もボールだったら・・・」と考えるとその通り、ストライクが入らずにボール、もしくはデッドボールになってしまうことがよくあるんだそうです。
1度のミスに引っ張られずに強気で行ける強い精神力が、結果を左右するという感じ何でしょうね。きっと対人恐怖症に関してもプラス思考によって何とかなるんだと私は思います。
対人恐怖症の自分ですが、NLPのカウンセリングを受けてみました。
このまま以前と変わらないままで来年を迎えるのが嫌で、今年のうちに何とか動かなくちゃ!と思ったからです。
でも、そんな自分ですが、NLPのカウンセリングに行ってビックリしました。ネガティブな自分が少しですがポジティブ思考になれるんです。それでも普通にポジティブな思考な人には到底及ばないかと思うのですが、対人恐怖症の自分にしては結構な変化だと思います。
対人恐怖症となってしまった原因が自分が元ではないにしても、そうなってしまった自分自身が情けなくてより一層ネガティブになってしまっていたんだと思います。でもカウンセリングにいって気がついた(気付かされた)のですが、自分自身に自信がもてないと何も始まらないということです。
本人が「自分なら大丈夫!」と思っていなくて、誰が対人恐怖症から救ってくれるでしょうか。結局自分が変わらないと何にも変化が起きないんですよね。そう思わせるキッカケをつくってくれたのはNLPカウンセリングですが、本当に受けてよかったなと思います。たった1回でそう思えるのですから、数回通ううちにあっという間に対人恐怖症だということすら忘れてしまっているんじゃないかと思います。
もう今年最後の月で、しかもクリスマスになってしまいましたが、来年になる前に1回でもNLPうけておいてよかったなと思います!!来年はいい年になりそうです。
対人恐怖症の人って、人と接する場で無駄に緊張して、顔が赤くなってしまうとか、相手の視線が気になって、目のやり場に困るとか、自分の視線が相手を不愉快にさせてしまっているんじゃないかとか無駄に心配してしまうんですよね。そんなに心配しなくても・・・と私は頭でわかっているものの、やっぱり人と接するときはそんな感じになってしまうんですよね。
昔のいじめが原因ですっかり自信をなくしてしまって、自分の顔とか姿かたちが醜く感じたりして、そのせいで嫌われているんじゃないかって感じることもあります。こういうのって結局その時のトラウマで、自分に自信がないから無駄に考えてしまって、人の考えや視線が気になってしまうから、人前に出るのが嫌になってしまうんですよね。
私だって昔の裏切りとかいじめとかあんな思いをしなかったら、今頃みんなと同じように楽しく生活できていたのにと思うと、本当に辛くて仕方ないです。裏切られていじめられた本人は対人恐怖症になって悩み続け、いじめた張本人達はのうのうと幸せに暮らしている。こんなに不公平なことってありますかね?
私の人生を返してって思うことが最近よくあります。幸い親がいてくれたので何とかなっているわけですが、もし私も親から裏切られていたりなんかしていたら、きっと自殺とかまで本気で考えていたでしょうね。
NLPセミナーっていうのがあるようだけど、セミナーへ行ってこの対人恐怖症の人生が大変わりするのであれば、どれだけでも何回でも足を運びたい。対人恐怖症ってうつ病につながるっていうけど、本当そうだと思います。対人恐怖症になる事で社会復帰も難しい。NLPを学ぶことでこんな私の人生、いい風に変われるのかな?
対人恐怖症だってこと自体あまり周りに知られたくないって気持ちもあるけど、知ってもらわないとどうにもならないって思う気持ちも出てきました。NLPについて少しだけど知って、そしてそのNLPカウンセリングやセラピーというものがあることも知れて。
そのNLPカウンセリングによって私は対人恐怖症からやっと救われるのかな?というわずかな期待を持ちつつ、本当に治るのかなって言う気持ちもあり・・・・結局カウンセリングへの第一歩が踏み出せないんですよね。やっぱりネガティブだな。対人恐怖症って本当に厄介な心の病気ですね。何かやろうにもすぐにネガティブが出てきて、不安ばっかりになってしまう。ネットとかで対人恐怖症で悩んでいる人達の言葉を読んでると、痛いほどに理解できるんですよね。
どうにもならない状況から仕事や学校をいったん休息することはできても、結局根本的な原因が解決するわけではないから、社会復帰するとまた同じことを繰り返してしまうんですよ。簡単なことすらできず、完全に自分を追い込んでしまうのが対人恐怖症・・・。 カウンセリングに行きたい、対人恐怖症から救ってもらいたいという気持ちはありつつ、やっぱり怖い。この簡単な一歩がふみだせないんです。
またNLPのトレーナーさんの話とか読んで、自分なりに活気づけてカウンセリングに行けるように、プラス思考になれるように、今から頑張ってみようかな。いつか自分に自信が持てるようになれるといいなと思います。
対人恐怖症について過去の話とか書いてきましたが、対人恐怖症とは『強迫神経症(強迫神経質症?)』に属するものらしく、外国人に比べると、日本人がこの対人恐怖症になる確率が高いと言われている心の病気なんだそうです。
『対人恐怖』は、別名あがり症とも言われているそうですが、何故日本人に多く見受けられる心の病気かというと、その起源?は、日本人が農耕民族だったことからきているようです。
機会のなかった昔、田畑を耕し、農作物を作ることは、一人だけでできるものではなく、複数人が協力し合っていかないと、収穫は期待できなかったのです。
古くから、「村八分」という言葉があるように、日本人は、集団の中で、孤立することは実質上生活できない「社会的な死」を表現するほどもの。
だからこそ、日本人は他人から自分がどのように見られているのか、嫌われていたらどうしようかという恐怖心を持ちやすく、対人恐怖症になりやすいのかもしれませんね。
また、対人恐怖症だけではなく、最近では『社会不安障害』などと言われている心の病気もあるのだそうです。これもジャンルで言えば実質的には『対人恐怖』のことであり、対人恐怖症と同じだそうなので、特に近年発見されたという目新しい症状ではないそうです。
私は今でも対人恐怖症の治療薬を飲んだりしているのですが、結局気休めのようなもので、薬を飲んだから治るというような病気ではないんですよね。雑誌とか新聞で“社会不安障害治療薬などで治療しよう”的なことを勧めている広告なんかが載っていますが、こういうのって対人恐怖の症状の一時だけの押さえに過ぎないんですよね。私も長年の対人恐怖症なので、いろいろと試してみましたからよくわかります。
対人恐怖症の根本的な原因に対する対策が何かがわからないと、完治なんて難しいんじゃないかって思うんですよね。NLPについて母から勧められて、仕事もせずにどうせ暇なので一生懸命調べてみていると、NLPとは最新心理学ということで、トラウマなどの改善にも役立っているのだそうです!完治させるためにもやってみる価値はあるかも?と思い始めています。
ひょっとしたら対人恐怖症になりかけていたのは子の時からかもしれません。同じく小学生で、Aちゃんからいじめを受けていた後に、学年が上がって違うクラスに分かれる事ができ、新しい友達もできて普通の生活を取り戻していったのです。
でも、そこでまたAちゃんが『あの子いじめられてた子だから遊ばない方がいいよ』と周りに言いまわっていたそうです。大人であれば『いじめられていたから何なの?』と対処できるかもしれませんが、小学生は『みんなから嫌われていたんなら私も嫌だ』と言いきってしまうような恐ろしい世界なんですよね。それもそのはず、リーダーから嫌われてしまえば次は自分がターゲットにされるんですから。
そして知らない間にみんな離れていきました。仲良くなったはずの子に今まであげていた手紙とかシールとか全て『〇〇菌がついているから』と目の前で捨てられていました。その時点でもう学校に行きたくないという気持ちが芽生えてきていたと思います。
それでも学校に休まずに頑張っていきました。幸いなことに女子からいじめられていても、男子からはいじめられていなかったからです。普通に遊んでくれましたし、下の学年のところに行って友達の妹とか弟とかと遊んであげていたりして気は紛れました。あとは授業だけなので苦しむことも少なくなりました。
話は今に戻りますが、私は対人恐怖症の為に今は仕事もしていません。・・・というかできません。面接の電話をかけても結局行くのが怖くて・・・。もしこの対人恐怖症のままの状態で一生が終わってしまうのではないか思うとすごく怖いです。
対人恐怖症の原因となったのは何かのキッカケがあったという自覚はありません。昔から裏切られてきたことが多いので、その積み重ねだと思っています。幸い私は親からの裏切りとかはなかったのですが、友達からの裏切りが酷く、最初に裏切られたと記憶に鮮明なのは小学生。
女なのでやっぱりグループってあるじゃないですか。そんなグループの中でも特に仲の良かったAちゃん。その子と『親友』だと思っていましたし、本人からもそう言われていました。ですが陰でありえないくらいの文句を言われていたんです。全然知らずに私は普通に接していたのですが、ある日違う友達から聞き、そしてグループのリーダー的存在のAちゃんは私を仲間外れにしようといいだした張本人だったのです。
それを知った時はもう2月。あと少し我慢すればクラスも変わるしいいやってそんなに重く受け止めませんでした。この時点ではまだ大丈夫だったと思います。
でも、対人恐怖症ってこんな子供のことの些細な出来事のトラウマによって起きてしまうものなんですよね。1回ならまだしも何回も何回も裏切りを経験してきた私は、結果対人恐怖症になってしまい・・・。無駄に緊張してしまって肩がこるし、人と話していると表情が引きつるのがわかるし、人の目が見れないし。私は『他人が怖い』のではなくて、『人から自分がどう見られてるか』に不安を感じ、怖くなってしまうんですよ。もう声が上ずったりするのは当たり前。そんな自分をどう思われているのかもまた怖い。